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映像空間文化論

カテゴリ[レポート]

修士1年冬学期に提出したもの。なんか読み返してみたらわりと面白かったので公開しちゃう。04/03/04 提出済み

  • 都市を評価する手法について論ぜよ。

評価のまえに

ここに2つの都市を持ってきて、さてどちらの都市がより「良い」都市か、という問いに答えなければならないとする。都市を評価する切り口は、言うまでもなく多種多様である。

大きく2つのアプローチがある。1つ目は、まず、理想的な都市が有していると思われるいくつかの性質を列挙しそれぞれ評価する。得られたいくつかの数値をさらになんらかの計算式でミックスして最終的に1つの総合得点を得る、という方法である。2つ目は、住民、居住希望者、住民ではないがその都市を利用している近隣市民などを対象にアンケートを実施し、その結果でもって評価とするものである。

前者は、個々の小さな評価を得るまではまだしも、それらに適切な重み付けをして足し算を実行する段階で、特定の人物の主観的な価値観を介入させざるを得ない。

一方後者は、「良い都市」の定義自体を住民にゆだねることにより、ある意味ではより本質的な評価を汲み取ることが出来るといえる。直接の利用者が「良い」と感じるかどうか、というのは、極めて適切な評価基準であろう。但し、住民が直接的に恩恵を受けなくとも「良い」と評価すべき対象はいくつかあり、代表的な例は環境問題である。廃棄物が少ない都市は間違いなく「良い都市」である。現代においては無視できないウェイトを占めている評価基準であろう。しかし、そのフィードバックは住民へは帰らない、もしくは非常な時間がかかるため、後者のアプローチによる評価には反映されない。

本論においては、前者のアプローチについて個々の部分評価値を得るまでの方法を扱うことにする。得られた値にどのような重み付けを与えるかについては言及しない。値を得る手法についても、出来るだけ簡便であることを重視した。例えば、多くの調査員を用いる方法や、住民にアンケートを実施するという方法、なんらかの計測装置を大量に導入する方法などは現実的ではないので避けた。後者のアプローチとなる評価法も、手法が優れていると思われるものをいくつか提案した。

概論

都市という系を、そこに生活する住民と、住民を取り払った構造物としての系との2つに分ける。本来、都市とは住民無しには成立し得ない概念であるから、構造物とそこに住む人々とは不可分であるが、客観的評価には、住民を除いて単純化した系は有用である。あるいは平均化された住民モデルを計算機上で扱うことにより、多くの評価値を得ることが出来る。

都市の構造物が適切であることと、そこに住む住民の質が良いこととは別の問題である。住民の質を向上させることは「良い都市」が持つべき特性の1つであろう。これは例えば、広報誌の発行、地域イベントの開催、教育の重視などによって達成される。

どのようなスケールで都市と呼ぶかという問題がある。鉄道の駅を中心とした一帯という捉え方もあれば、東京都全体を1つの都市と見ることも可能である。本論においては、都市と都市の比較を目的としているため、そのスケールによる差は評価値から取り除かれているべきである。これは同時に、「都市」をどういった形で定義してもそのスケールの取り方によらず適切に評価できることにもなる。

人口については評価対象としない。多ければ良いという物ではないし、そのスケールつまり面積に大きく依存するからである。過密をマイナス評価の対象とすることも考えられるが、どの程度を過密と感じるかは、土地の利用法によって大きく異なる。但し、都市の良し悪しとは違う軸で、例えば、平日昼人口、休日昼人口、夜人口の3つによって、オフィス型、レジャー型、ベッドタウン型という風に都市の性格付けの評価には利用できる。

経済活動については評価対象としない。経済活動が活発であることが良い都市とは考えない。大量生産大量消費が見直されている現代においてそのような視点は排除されて当然であろう。役所の収入の大小には様々な制度上の違いが絡んでくるため、多ければよい都市、というわけにはいかない。むしろ経済の規模に合わせて都市の規模を縮小なりするべきである。

ろくに使われない設備に税金を投入する、というような「無駄遣い」をマイナス評価の対象とするのは適切かもしれないが、その分の資金不足のしわ寄せが必ず他の部門において不満を助長させているはずであるから、「無駄遣い」自体は評価しない。実際、なんらかの手段で役所が税金以外の収入を得ることが出来たとするならば、それをどう無駄に用いようが住民には一切関係はないはずである。

様々な評価値と手段

具体的に、良い都市が持つべき機能を思いつく限り列挙し、その評価の手法を議論してゆく。

適切な案内標識

良い都市では、迷子は少ない。都市内の主要な施設へスムーズに誘導するための標識の機能を評価する。

標識の内容を地図上で照らし合わせてゆくことで、どれだけの範囲を標識案内でカバーできているかは机上で評価できる。案内可能範囲が都市全体のどれくらいまで及んでいるかを計算する。

案内板が無くとも、住民間のコミュニケーション意識が高ければ、迷子は少なくなる。この効果は本評価法では測定できない。

交通

良い都市では、交通渋滞が少ない。適切な交通網設計、また、居住区と商店街の配置のバランスなどによって達成される。キャンペーンなどを用いた自動車利用率の引き下げというアプローチも考えられる。

都市へ流入、都市から流出する車の交通量は、主要な道路にセンサを設置することによって機械的に計測できる。そうして都市内の車の量が得られれば、道路と信号機をコンピュータ上でモデル化して、そこに仮想的に車を走らせることで都市全体の交通機能をシミュレートすることが可能となる。

渋滞の度合いは、信号待ちをしている車の量で計測するのが適切である。理想的に設計された道路網と信号機のもとでは、信号待ち状態にある自動車の量は少なくなるはずである。

放置自転車数、違法駐車数も交通関係の指標としては有用である。理想的な都市においては、需要に見合う分の駐輪場、駐車場が用意されているべきである。

災害時における人やものの流れも、良い都市であるための非常に重要なファクターである。これも計算機上である程度評価できる。

犯罪発生率

犯罪の発生数を住民の人口で割って指標とする。犯罪発生率は、都市の構造物とそこに住む住人の両者に依存する。住民に対しては、適切な教育、隣人間の関係の向上などがその対策となる。一方、構造物の側は、見通しをよくすること、街灯を設置することなどが対策となる。

空き家の比率

空き家の存在自体は都市の良し悪しに直接の関連は無い。しかしこれは、その都市がどれだけ人気があるかということを見る指標になる。

転入や転出を数えるよりも、住宅全体の中における空き家の比率を評価する。時間によって変動があるので、1日単位での延べ空家数とするほうがより適切であろう。

廃棄量

現代においては無視できない評価値であろう。広報などによる住民の意識の向上のほか、分別の徹底と処理施設の充実によってその量を減らすことが出来る。フリーマーケットを開催したり、リサイクルの仕組を独自に構築したりするアプローチもある。

後書き、講義への感想など

以上、思いつくままに取りとめも無く列挙してしまったが、文章化する過程でいくつかのユニークな視点が得られたように思う。講義で学んだことをどう用いるかいろいろと悩んだが、結果的には全く関連の無い内容になってしまった。

講義名に興味を感じて受講を申し込んだのであるが、日ごとにあまりにも講義の内容に違いがあり、その関連性が見出せなかったために当初は戸惑った。いくつかのテーマは期待通りの非常に興味深い内容であった。また、理系の自分にとっては、文系的なアプローチの研究手法自体が新鮮に感じられた。言い回しが妙に感じられた箇所が多々あり、文系というのはどうしてこう回りくどい表現をするのだろうか、などと内心思ったりもしたが、文系の研究者が理系の研究発表を聞けばやはり同じように感じるのかもしれない。

講義で扱われた都市や建築物の評価においては、本来意味の無いものに対して後付でそれっぽい説明を付け加えてゆくかのような傾向を感じたのであるが、如何なものか。「設計者」という人間がいて、そこから生まれた建築物なのだから、その建築物が持つ意味というのは設計者がどのような意図で設計したかということ以外の何物でもないはずではないか。そのあたり、機会があれば一度文系の研究者ととことん議論してみたい気がする。

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